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このマーク"caring candle(ケアリング・キャンドル")は、ハートを模した掌に大切に包まれた"灯火(ともしび)"が、あなた(you)のらしさ(ing)に明かりを点すことをイメージしています。 灯火のように、小さいけれどどこかホッとできる明るさとあたたかさを人々に伝えたい。このマークには「人々の灯火になりたい」そんな思いが込められています。
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●今、学校で起こっていること
エピソード「本当は友達になりたかったんだ」
席が隣の“いじめっ子”
娘が小6の時、クラスにひとりの女の子がいました。俗に言えば“問題児”“いじめっ子”。言葉の暴力でクラス中を誹謗中傷します。もともと性格が強いため、その影響力は大きく、彼女の気分にクラスの雰囲気が左右されるくらいでした。
そして、その女の子と私の娘の席が隣同士。娘は、彼女の言葉に打ちのめされて学校から帰ると怒りを弟や妹にぶつけたり、落ち込んだり、「学校に行きたくない」と言い出したり・・・。
しかし、どうしても、その子のことを憎めませんでした。いやむしろ、なんとかもっと素敵な関係になれないものかと思っていたくらいです。
その女の子は両親が離婚して、父親との2人暮らし。きっと食事から洗濯、学校の準備まですべて自分でこなしているはずなんです。遠足のお弁当も自分で作っているはずなんです。そんな環境でも学校に来続けているんです。そして、一学期の終わりに、彼女は転校を控えていました。またまた親御さんの事情で引っ越さなければならなかったのです。 彼女の行動のひとつひとつが、彼女の心のメッセージのような気がしてなりません。そうやって強く、何かにぶつかっていなければ自分が潰れてしまいそうなのかもしれません。どうしようもない寂しさゆえに、彼女は強く刺のある鎧で身を守っていなければならない、そんな気がしてなりませんでした。
悪いのはあの子
なんとか友達になれないものか、なんとかうちに遊びに来てもらえないか。ずっとそう思い、娘にも促しても見ましたが、当人はそうは簡単には納得がいかないようで、なかなか実現しませんでした。それも、無理もないことではあります。
私たちの意見も「どう見たって悪いのは、あの子なのに。なぜ、そこまでしなければならないの」と耳も傾けてさえもらえませんでした。
そう、確かに。“いい、悪い”でいえば確かにそうです。
でも、本当にそれでいいのでしょうか?
それで誰かが幸せになるのでしょうか?
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彼女からの手紙
ついに一学期の終業日がきました。彼女にとってはこのクラス最後の日です。その彼女がクラスメイトひとりひとり全員に手紙を書いてきました。
そして、うちの娘宛の手紙には、次の短い言葉が書かれていました。
「ひどいこと言ってごめんね。本当は好きだったんだ。友達になりたかったんだ」
この手紙が、人付き合いにちょっと臆病な娘にとって、どんなにか大きな宝物になることでしょう。きっとクラス全員に同じようなメッセージを残してくれたんだと思います。彼女の心とそれを表す勇気がどれほど人を救ったことか。もう少し早く気づいてあげられたらよかったのに、残念でなりません。
仲良しだけが絶対なのか?
学校の特徴は集団生活です。その中で、周囲との摩擦やトラブルは実は大切な要素なんだと思います。なぜなら、それは絶対に家庭では体験できないから。
しかし、近頃は“みんなで仲良く”のみが強調され過ぎているような気がします。
本当にいつも仲良くないといけないのでしょうか?
いつも友達と一緒じゃないといけないのでしょうか?
ひとりぼっちではいけないのでしょうか?
けんかをしたらいけないのでしょうか?
けんかをするから、痛みがわかって、仲直りの瞬間の感激が実感できるんじゃないでしょうか?
みんなと一緒にいるのと同じくらい、一人で自分自身と対話することも大切なんじゃないでしょうか?
どうして、事の善し悪しばかりを決め付けるのでしょうか?
仲よしばかりが強調され過ぎて、大人もそれだけを望んで、なんとかトラブルを避けようとする。和を乱すことが最大の罪のような状態になって、そして、いったんその和を乱す行為が行われると、大問題となり、ましてや自分の子どもに火の粉がかかると親が大騒ぎをして、相手を糾弾する。
トラブルを子供たちがどう感じて、どう対処するのか、“見守る”ということがなくなってしまっているような気がします。
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見守る忍耐、受け入れる勇気
親は子どもの最大の応援団です。でも決してプレーヤーではありません。
だから、プレーヤーである子どもたちが、どうやってその問題に関わり、解決していくか“見守る”忍耐と勇気が大切なはずなんです。
確かに子どもが関係するトラブルは家族にとって強烈なストレスではあります。でも、そこから学べることは驚くほど多く、人生にとってとても大切なことばかりです。 しかし現在は、トラブルから学ぶには、子ども自身も親も、そして親子の絆も少し弱過ぎる気がします。
幸いに私たち家族は、両親の死(子供にとっては、おじいちゃんとおばあちゃんの死)や先生とのトラブルによる娘の登校難、小さないじめなどの出来事を通じて、家族とは何かを振り返えさせられてきました。
一度受け入れられると、不思議と激しい怒りや憎しみが薄まり、その気持ちの奥にある寂しさや悲しさ、やさしさなどの本当の気持ちを感じられるようになってきます。 それが“よき理解者”というのかもしれません。
現在、苦しみや憎しみを抱えて、どうすることもできない人たちにとって必要なのは“よき理解者”なのかもしれません。
現代社会において、心強い指導者や先生、立派な学者、目標となる成功者はたくさんいます。情報もたくさん手に入ります。でも、いいも悪いも含めて自分のすべてを受け止めてくれる“よき理解者”は意外と少ないのかもしれません。
そんなことを気づかせてもらえたエピソードでした。
●私の想い
求め合っているのに、どこかから回りの人間関係。一生懸命であるのに、どこかすれ違っている親子関係。
そんな関係が多い社会で、自然から、遊びから、心理学から学ばせてもらった気づきを、ひとりでも多くの人に、ひとつでも多くの家族に伝えたい。
人々の“灯火(ともしび)”になりたい。
どこかホッとできる安心感と不思議と気持ちが通じる信頼感。
大きくなくてもいい。ホッとできる明るさとあたたかさで気づきを伝えたい、そんな想いでいっぱいです。
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